カナダ日系史「Gateway To Promise」翻訳チーム近況-14‐

皆さま

 

 

週末のカナダ150周年記念日は如何お過ごしでしたか。もちろんビクトリアも花火は揚がったもののたった10分ほどで、とてもオタワの比ではありませんでした。でも無事に終わったことで、当地のメディアは褒めちぎっていましたが・・・。

 

ということで、7月に入りました。思い出すに2年前の今月はスイッツアー夫妻に初めてお目に掛かり、GTP の事をいろいろと知るきっかけになった月でした。そして翻訳の構想が浮かび助走を始めたのです。すでに2年の歳月が流れたことになりますが、今月の末にはその思いが「翻訳本と言う形あるもの」になりつつあります。

 

昨日は夫妻のオフィスに10回目の出張(?)をして最後の追い込みに入りました。

 

何度も書いているので、もう皆さまはこの話は耳だこでしょうが、英語のフォーマットに日本語を入れ込む作業の大変さ!!!

どこかに一字入れたり削除したりするとそれだけで思わぬ所に影響が出て「えっ?!」と思うような結果になったりします。でもそれにもめげず根気よく校正を繰り返し、昨日を持って“一応”Section1、Section3を完了しました。

 

加えて、先日皆様にお送り頂いたバイオをまとめたもの、目次(これはまだ最終的に頁が決まらないため仮です)なども入れ込みました。

 

さて大きなニュースは表紙を決めた事です!!!!!添付をご覧ください。

 

翻訳本の表紙

原本の表紙

GTP Book Small

  

 

一部の方を除き「おやっ!?」と思われたことでしょう。本の題名に関してはいろいろと皆さまのお知恵を拝借しましたが、結局試行錯誤の末に英語の題名と全く離れたものにいたしました。フォントや位置などまだ修正可能です。

 

*当然ながら仕事を進めて行く途中で、「この方がいいのでは?」と言うアイディアが生まれ書き換えたカ所もあります。一例を挙げると、この週末はビクトリアと姉妹都市である盛岡からデリゲーションが来て、ジュビリー病院にある新渡戸稲造の庭園に彼の胸像を設置したためそれを挿入しました(P102)。

 

カナダ建国150年を祝った7月1日の前日に盛岡から関係者が来加し胸像を設置

左側の奥に「新渡戸稲造終焉の地」の石碑がある

 

*これは以前にもお願いしたのを覚えていますが、皆さまの中でフェイスブックをやっていらっしゃる方は是非紹介下さる準備をして下さい。

 

*印刷代の資金が足りないため寄付のお願いを開始しました。

 

秋にはバンクーバーでのイベントも行いたいと思いアイディアを練っています。

 

*Dianeさんはバイリンガルであるため、移住者では気が付きにくい多くのアドバイスを頂いています。心より感謝しています。

 

*詳細は避けますが、翻訳に関わって下さった方たちが勘違いして訳してしまったカ所があり、加えてそこを校正をして下さった方たちも勘違いし、どなたかに指摘されたのを受けて著者夫妻に聞いたところ、あろうことか彼らも勘違いして自分たちの書いた英語の方が間違ていると言ったり・・・。こんな面白いことが起きて、結局それを是正する作業に思わぬ時間が取られたり・・・。

 

そんな困難も時が経てばよい思い出になることでしょう。

 

次のメールは本が完成したことをお知らせするものであったらと願っています。

 

〜*〜*〜

 

以下7枚の写真は本の中に頻繁に出て来る記念の場所である

Royal Road Collegeの建物とクジャクが放し飼いになっている庭(↓↑)

 

タカタ・ガーデン(↓↑)1999年にHorticulture Centre に造られた日本庭園

1942年に日本人が強制収容所に送られる前にあるカナダ人の庭に移植されたモミジ

後にその人がこの庭園に寄付した。樹齢100年。

 

昔栄えビクトリア郊外にあった渓谷公園の跡地(↓)

今も整備され綺麗に残されている

 

 

昔ビクトリア市内にあったリンゾウ・オオサワ家所有のホテルの入り口

リンゾウの”R"が入り口にはめ込まれている。今は安アパートになっている(↑↓)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


カナダ日系史「Gateway To Promise」翻訳チーム近況-13‐

 

 

 

6月17記

 

皆さま

 

その後お変わりなくお過ごしですか。

 

GTPのその後の校正進行具合をご報告いたします。

 

以前と変わらずに皆様の翻訳を厚子さんと二人で出来るだけ見落としのないように、一行一行校正を続けています。その地道な作業が実り、ここに来てやっとトンネルの向こうの明かりが見えて来ました。400頁のあの分厚い本を後19頁を残すのみになり、今月末までには一回目の校了を迎える筈です。

 

去年の11月半ばから厚子さんが拙宅にお越し下さったり、夫妻との共同作業をした回数をみると70余回になり優に420時間を超します。

 

変わらずに同じ手順で校正をやっています。以前と同じに夫妻のアプリに日本語の校正を入れる時に思わぬ不具合が生じ、校正した筈が直っていなかったり、一文字増減することでページ全体のバランスが崩れたり・・・。フラストレーションを感じることがままあります。

 

校正作業は違う目で見ないと間違いを見逃すため、二回目にはゆかりさん、美恵子さん、ダイアンさん、KA美智子さん、由里さん、陽子さんなどがご協力下さっています。

 

 

もう一つ嬉しいニュースは、トロントの美智子さんの多大なるご協力で、9月6日(水)と9日(土)の二回に渡りトロント市内の日系会館(Japanese Canadian Culture Centre)で出版記念会を開くことになりました。

 

今年はカナダ建国から150年目、日本人移民のパイオニアと言われる永野萬蔵(これには異論があります)がカナダに来てから140年目、日系人の強制移動から75年目など、いろいろな節目の年に当たりますので拙著の出版はとても意義あるものと思われます。

 

最後に皆様にお願いがあります。

 

皆様のプロフィールを載せる予定です。以前にも一度お願いしましたが、時期尚早と思いそのままにした経緯があります。今回は出版も迫って来ましたので、以下の要領でお書き下さるようお願い致します。

 

* ワード/font12/3行

* 名前、職業(もしリタイアしている場合などは以前のお仕事か、またはスキップしても構いません)、カナダ移住年数

* 当翻訳に関わった時の思い

 

締め切りは二週間後の6月24日(土)

 

以上宜しくお願い致します。

 

 

 

写真は6月初旬のビクトリアにあるButchard Gardensの花々(筆者撮影)

トップのプルーの花は、ヒマラヤ原産のブルーポピー

 

 

 

 

 


カナダ日系史「Gateway To Promise」翻訳チーム近況-12-

 GTP Book Small

  Gateway To Promise 原本

皆さま

 

今日から5月になりました。皆さまお変わりなくお過ごしですか。

 

Victoriaの町中はすでに花盛りで、4月初旬に定番の桜が終わったと思ったら今度は「関山桜」が最盛期を迎えています。これは花が枝先に丸い手毬をのような形で密集して咲きます。またBC州の州花であるハナミズキ(ドッグウッド)もあちらこちらに・・・。

                

 

             

とは言え、まだ肌寒い風が吹く日も多く、体調を崩す方も多いようです。かく言う私も、3月末にギックリ腰に見まわれ、一ヶ月余り経つ今日もハッキリとしない日々を送っています。

 

針、マッサージ、整体治療、病院での検査などやるだけのことはやり、今病院からの検査結果を待っています。時間が解決してくれる単なるギックリ腰であることを願っています。

 

 

さて、その後のGTPの翻訳の進行具合をお知らせいたします。

 

校正が完全に終了するまでの細かい手順を書きますが、きっと途中で「あ〜あ、読むのも面倒!」と思う方もいらっしゃるかもしれません。そんな方はここでストップして下さい。(爆笑)

 

1.「Section3」は合計4回目の校正を終わりました。ゆかりさん、美恵子さん、トロントの美智子さんと由利さんのご協力を仰ぎました。これを元にもう一度厚子さんと共に5回目の校正を終了し著者夫妻のPDFに入れ込めば完成です。

 

2.「Section1」は私と厚子さんの第一回目の校正作業が終わり、ご夫妻のコンピューターでPDFを作りました。これを今ゆかりさんとトロントの陽子さんに目を通して頂いています。戻り次第それを元にして再度私と厚子さんとで校正を行います。終了後は更にご夫妻のPDFに校正部分を入れ込みます。それをまた最終的にどなたか2人に目を通して頂き、その後厚子さんと私とで再度調整し合計5回の校正が完成します。(おお、ややこしい!!!)

 

3.「Section2 」は「Chapter10」まで終わっています。今厚子さんが休暇でSFに行かれているので、お戻り次第また2人の校正を再開しますが、その後はSection1、2と同じ手順を踏みます。

 

とにかく手間ひまかかる仕事(!!!)ですが、私のギックリ腰のこともあり作業が大幅に遅れています。こうしてグループでの仕事をやっている時に、個人的な事を理由に遅延したくはないのですがどうにも仕方がありません。

 

でも一番ひどかった時期に、丁度厚子さんの休暇とぶつかりよかったと思っています。しかし、まだ私の健康状態が100%ではないため椅子に長く腰掛けることが出来ないのです。

 

でもとにかく7月末までにはすべての最終校正を終え、私のacknowlegment、表紙の写真、その他諸々を決定し印刷に持って行けるようにしたいと切望しております。

 

以上が現況です。

ではまた次のメールまで。

 

 

 

 

 


なごり雪

東北の青森で発行されているタウン誌

    「ゆきのまち通信」(2017年1−2月号)に寄せた一文

 

 

私は3年程前にカナダの中央に位置するトロント市から、西海岸にあるビクトリア市に国内移住しました。

 

この国の冬は確かに厳しく夏は束の間に終わるため、退職後に国内では一番暖かい当市に移住して来る人が多いのです。とは言え、ここでも薄っすらと一面に白いものが見える日もあります。

 

Victoriaの雪は降ると言ってもこの程度のもので、翌日には溶けてしまうことが多い

 

それがすでに春の気配を感じる頃であったりすると、満開の寒椿の赤と美しいコントラストを見せ、ふと「なごり雪」という言葉が頭をよぎります。

 

寒さにめげず咲く寒椿

 

 そして反射的に口ずみたくなるのが「かぐや姫」の同名の歌。私はこれがリリースされた時すでにカナダに住んでいました。でもその後訪日の折りに聴き、若さ故の恋の行方の切なさを感じさせる歌詞やメロディーが心に染みたのを覚えています。

 

しっかりと枝にしがみ付いて咲く可憐な椿。Victoriaにはことのほか椿が多いように見受けられる

 

 当時は「なごり雪」と言う言葉はなく、危うく「なごりの雪」と訂正されかけたとか。「の」が付くか付かないかでニュウアンスが微妙に変わる日本語の美しさに感動します。

 

「これでもか〜!」(笑)と言う感じで咲く椿の大木もそこここにある

 

 

 

 

 


日系カナダ史「Gateway To Promise」翻訳チーム近況報告‐11‐

 

 

「Gateway To Promise」 の原本

 

皆さま

 

今日は「桃の節句」の3月3日。

今冬のビクトリアは平年より寒い日が多いものの、それでも合間の春らしい日々には、陽を求めて懸命に咲く色とりどりのクロッカス、ボケ、椿、レンギョなどなどがもう大分以前から可憐な花を咲かせています。

 

まだ3月初旬ながらすでに春の花々がそこここに見られる

 

翻訳校正の現況報告を致します。

 

先回のメールで記したように、厚子さんと私は一月末日に「Section3」の校正が終わった時点で、Switzer夫妻のofficeに行き2回目のPDFを作成致しました。今はそれを美恵子さん、ゆかりさんに送り、180頁ほどの原稿をすべてプリントして頂き、手書きで赤字を入れ再校正をするようお願いしました。

 

 

以前にも書いた通り、私たちは夫妻の持つ英語版のPDFを使い英文の部分に日本語を入れています。

 

でもこれは写真と文章の位置確認は出来ても、日本語仕様のコンピューターソフトではないため、日本語の文章の間違いをその場で校正することが出来ないのです。

ですから「日本語で書き直さなければならない所」にはGordonがハイライトを入れ、後から厚子さんが「日本語の改訂文章」をメールで送り、ハイライトの部分にピタリと入れ込んで貰う・・・と言う手順を踏みます。

 

でもお二人は日本語を理解しないので、果たしてちゃんと正しい場所に入っているかどうかの確認は彼らには出来ません。

 

と言うわけで時間がかかることおびただしいのです。

 

さて私達二人の「Section1」の進み具合は「Ch5」の中頃で、今月中には「Section1」を終了したいと願っています。

 

次は先回のメールで募った本の題名へのご意見についてお知らせします。

 

あの後すぐにご回答下さった方、私的なご意見を書いて下さった方、あるいはまったく無視?(Docomo_kao19)の方もいたり・・・です。いつまで待っても全員からご意見を募るのは無理なので、お送り下さった方々の考えを考慮に入れながら、最終的には私の方で決定しようと決めました。

ご了解ください。


では皆さまお元気で!

 

 

 

 


ビクトリア・アイランドの日系人関連のお正月会

ビクトリアの初日の出

 

北米の新年は何処も同じで元旦だけが休日となり、翌日からは通常通りの日常が始まる。

 

ここビクトリアも同様ではあるが、ただ日系社会では一月半ば過ぎに「お正月会」を開催する。今年は22日(日)であった。

 

2017 VNCS

お正月会のプログラム

 

これは、日系カナダ人が中心のビクトリア日系文化協会(Victoria Nikkei Cultural Society-VNCS)、日本からの移住者が多い日本友好協会(Japanese Friendship Society)、また子供を日本語学校に通わせる家族が集まるビクトリアヘリテージ日本語学校(Victoria Japanese Heritage Language School Society)の共催である。

 

2017 VNCS

バンクーバーから岡井朝子総領事と夫君

 

この日は例年バンクバーにある日本の領事館から総領事が来島される。

 

今年は、昨年4月に着任された岡井朝子総領事と夫君(↑)を迎えて開幕し、いつもの様に尺八演奏、餅つき、ソーランダンス、お書初め、羽根つき、玉割り等など盛り沢山のイベントが披露された。

 

 

2017 VNCS

 

数々の行事が繰り広げられる

 

2017 VNCS

 

参加者は会員のみとされており、一緒に会場に来る人数分+1人分ほどの料理を持参するのが通例である。

お正月とあって、伊達巻き、黒豆、きんぴらなどの料理を始め、ポーク、ビーフ、チキンなど取り取りの料理がズラッと並び壮観だ。

 

持ち寄りの沢山のお料理

 

皆でワイワイ、ガヤガヤイとベントを見ながら食事をし、今年も賑やかにお正月会が終わり一年が始まった。

 

〜*〜*〜*〜*〜*〜

 

 

さてGateway to Promiseは一月半ばに「Section1」の二度目の校正が終了し、今週からは著者のSwitzer夫妻と共に二度目のPDFの作成に入る予定でいる。

 

と同時に、いよいよ「Section1」の校正も開始し、徐々にではあるが先に向かって進んでいることを実感する。

 

年初頭の訳者へのメール(#31)では邦訳の題名を募集した。すでに去年から幾つかの候補もあったため、その中からこれはと思うものを選んでもらい多数決で決めたいと思っている。

 

本題例:

1、希望の国への入り口

2.希望へのゲート

3.希望の国への路

4.希望の国への門出

5.希望の地への入り口

6.Gateway to Promise(英語でそのまま書く)

7.約束の地への道

8.希望への門

副例:

1.カナダ西海岸・ブリティッシュコロンビア州からは始まった日系移民史、19世紀〜20世紀半ばまで

2.カナダ西海岸から始まった日系移民史

3.カナダ日系移民史を追う

4.ビクトリア・カナダ西海岸からは始まった日系移民史

 

決定までにはまだ時間が掛かるが、以上が一応出揃っている範例である。

 

 

 

 

 

 


カナダ日系史「Gateway To Promise」翻訳チーム近況-10-

今年2月に開始したカナダ日系史「Gateway to Promise」の翻訳チームに送ったメールが今回で30回目になりました。

 

皆さまのたゆまぬ努力のお陰でそれぞれの持ち分の翻訳は終わり、今私は友人のAHさんと共に校正を行っています。

 

その最後のメールである30通目を掲載して、今年最後の「翻訳チーム近況」に代えたいと思います。


〜*〜*〜*〜*〜

 

12月20日記

 

今年も後10日余りとなりましたが、お元気にお過ごしでしょか。今年最後のメールをお送りしますが、ちょっと長めになりますので、お時間のある時にゆっくりと読んでください。


思い返すと1年前の12月は、GTPの膨大なプロジェクトにどのように立ち向かおうかと考えあぐねている時でした。

 

あれか、これかと試行錯誤し、最後に思い付いたのがグループ翻訳というアイディアでした。決心したら行動の早い私は(これで時々失敗するのですが・・・)、トロントや西海岸の日本語新聞の、自身のコラムに「翻訳者募集」の一文を載せました。


最初は数人が応募して下されば「御の字」と思っていたものの、結局20人以上もの方々がメールを送って下さいました。加えて前もって個人的にお声を掛けてお願いしていた方もいたので、合計すると20数人でした。

 

それからは、個々の方々との密なメールのやり取りの末に、16人にお力を貸して頂くことになりました。


その結果、皆様もそれぞれにお忙しい日々をお過ごしにもかかわらず、春から夏、そして秋口までにすべての翻訳を終了することが出来ました。

 

「思い出すに、あの時期は地獄の日々だった!」な〜んて今一人ごちている方もおいででしょうか???)嬉しい 

 

でもお陰さまで、翻訳者がアクセスできる我々のGoogleDocsでご覧のように、努力の結晶が形になっています。

 

new year


皆様の仕事は素晴らしい出来なのですが、16人の翻訳者となれば16の書き方のスイルがあるため、現在その統一に心血を注いでいます。

 

でも何ともラッキーなことに、以前お知らせしたように、友人のAHさんがお手伝い下さっています。


私の秋の訪日に間に合わせるように急ぎ作成したPDFは、後から目を通すと間違いが山のように見つかりました。そこで今はこのPDFをテキストとして、finalの原稿と共にAHさんと二人で読み合わせを行っているのです。

 

new year

11月〜12月に掛けては二人とも何かと忙しく、お互いに会える時間には限りがあります。でも、これも又ラッキーなことに、彼女は拙宅から徒歩で20分程の所にお住まいのため、ご自分のPCをバックパックに入れて空き時間をみては通って下さっているのです。

 

でもいくら根を詰めてやっても、一回で校正出来る分量には限りがあります。

 

先日は休憩なしに4時間近くぶっ通しでやりましたが、それでも10頁ほどしか終了出来ませんでした。外は夕方になり辺りは真っ暗! いくら頑張ってもこれ以上スピードを上げることは出来ませんが、AHさんがグイグイと明るく引っ張って行って下さるため本当に助かります。


本当は今月一杯にはsection3を終えたいと思ったものの、それは「夢」で終わりました。

クリスマス、お正月も近くなったため、一応先週の土曜日(17日)を最後の読み合わせにして、残りは来年に持ち込むことにしました。

 

そこで現時点の見通しとしては、一月半ばには二人の校正作業を終了させ、その後は再度著者のスイッツア夫妻と額を突き合わせて完全なPDFの作成をしたいと計画しています。


その後にsection1,2に入ることになるわけで、まだ延々と続くかに見える完成までの道のりですが、来年の夏辺りには何が何でも終わらせたいと思っています。


新年にならないと詳細は分からないのですが、来年はトロントへの戦後移住者数がピーク(67年)を迎えてから50周年目になるとのことで、現在「戦後移住者の軌跡」という記念誌を発行する準備などをしているとか。

 

そして何らかの記念行事も開催されるかもしれない・・・と言うことで、もし出来ればそれに併せて、私もこの本を引っ提げてトロントに売り込みにに行きたいと考えています。


もしその行事が実現し私が行けるなら、トロントの昔の仲間たちが講演会などの用意をしてくれると言っています。

 

そんな日が必ずやあることを願いながら、ここで今年最後のメールを終えます。それにしても皆様に送り続けたメールが今回で「#30」というのは切りがいいですね。
 

来年もまた飽きず(!?)に、引き続きの「校正経過」の最新情報をお送りすることになると思います。どうぞ上梓されるまでのお付き合いを宜しくお願い申し上げます。

 

〜*〜*〜*〜*〜

 

ひと月に延べ1500人程がクリックして下さるこのサイトの今年最後の更新です。

 

カナダの中では一番気候の温暖なビクトリアですが、冬は雪の代わりに雨の多い季節です。そのため芝生は青々として見事なほど生き生きとしており陽が差すと美しく輝きます。後一ヶ月もすれば梅の花が咲き始め、2月半ばにはクラブアップル(↓)と呼ばれる木々の花が満開になります。

 

new year

 

そんな季節が一日も早く訪れずことを願いながら・・・。

 

new year

 

そして日系人150人ほどが眠るビクトリアのRossBay墓地で行われる毎年恒例のお盆の行事(8月)の時には、日本語の翻訳本が完訳していることを願いつつ・・・。

 

 

 

 


カナダ日系史「Gateway To Promise」翻訳チーム近況-9-

10月半ばに二年半ぶりの訪日をした。

 

いつものことながら、日本行きは目一杯の仕事を溜めて出かけるため、到着早々動き出し忙しい日程をこなすことになる。今回も例外ではなく、今のプロジェクトである「Gateway to Promise」の翻訳について、折りあるごとに宣伝し人々に知って頂く努力をした。

 

Japan

丁度私の日程が「海外日系人大会」の開催日に合わせることが出来たため、懐かしい人々との再会があったのは何よりだった。

中でも、昔トロントの日本国総領事館の領事であった田中克之氏にお会いできたのは嬉しかった。現在は公益財団法人 海外日系人協会の理事長になられてご活躍である。未だにカナダのことについて強い興味を示して下さっていることは嬉しいことだった。

 

Japan

この大会には毎年外務大臣が出席するのだが、今年は岸田外務大臣が来られ乾杯の音頭を採った。

 

Japan

大会には東京の観光が含まれるプランもあり、今年は築地市場の見学であった。

軒を並べる小さな屋台風の食べ物屋さんの活気ある雰囲気に圧倒された。

 

Japan

豊洲に移転する問題が暗礁に乗り上げ大きな問題になっているが、それでも連日訪れる人が後を絶たない。

 

Japan

東京のカナダ大使館に「Gateway to Promise」の本を寄贈すために表敬訪問し、翻訳プロジェクトについて説明をする。

日本語版(右)が少し出来上がっていることからそれも持参して紹介した。

 

Japan

横浜にある海外移住資料館の図書館にも「Gateway to Promise」を寄贈。

館内には日本人の海外移住の歴史を物語るいろいろなディスプレイ(主に南米)があり、カナダのセクションも設けられていた。

 

Japan

当時カナダで造られていたという鮭の缶詰

 

〜*〜*〜*

 

さて旅のもう一つのハイライトは、九州の最南端の町・枕崎市で開かれたトロント在住のソプラノ歌手柳田孝子さんのコンサートを聴きに行くことでもあった。もちろん地理的にここが日本の最南端ではないが、「JRが通る街」としては当市が日本の一番南に位置するという。

 

 

Japan

JRの駅に建つ灯台には「日本最南端の始発駅」と書かれている

 

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日本食の旨味の元になっているかつお節の生産は日本一。そのままでは輸出出来ないことからフランスに工場を出したことで知られる枕崎のかつお節。市の職員のジャンパーをご覧あれ!

 

Japan

23曲を歌い終えての柳田孝子さんと、伴奏をした鹿児島で活躍するピアニスト寺薗玲子さん。

三年前にもお二人の組み合わせのコンサートが開催され大変に評判だったことを受け二度目の公演となった。澄んだ歌声と軽快なピアノ伴奏で聴衆を魅了した一夜であった。

 

Japan

この公演を企画したのはトロント在住の移住者ハ―ワード園枝さん(↑)。彼女自身「薩摩おごじょ」で、強い信念と行動力で2回目のコンサートを成功させたのである。

 

JapanJapan

また枕崎市は、街中に「青空美術館」と呼ばれるアートストリートが幾筋もあり、100体ほどの彫刻がそこここに設置されている。「カツオ節」と「アート」このまれなる組み合わせの妙味がこの町に人を呼び込む一因になっているようだ。

 

〜*〜*〜

 

この後私は一行と別れ、「1877年に日本からカナダに最初に渡った人物」と言われている永野万蔵の生まれ故郷である長崎県の口之津という田舎町に足を向けた。鹿児島から新幹線で熊本へ行き、島原までフェリーに乗り、その後は一時間半もローカルバスに揺られての長旅であった。

 

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口之津歴史民族資料館に飾られているカナダの国旗と万蔵関連のディスプレイ。

 

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資料館には、カナダへの日本人移民第一号と言われる万蔵に関する資料が集められているが、彼が確かに「1877年」にカナダに渡ったかどうかという記録はカナダ側には残っていない。

 

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万蔵の墓は故郷の太月山王峯寺にある

 

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ここはまた昔キリシタンの多かった土地でもあり1500年の中頃には教会があったと伝えられている。これはその跡地。

 

〜*〜*〜

 

以下(↓)は、倉敷、高松、鎌倉、大船などの観光地巡りをした時に撮った楽しい思い出の写真である。日本を離れて暮らしていると、自然をうまく活かして造る「日本庭園の美」にことのほか目を奪われる。

 

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倉敷の町中の日本庭園

 

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鎌倉では、着物をレンタルし人力車でお寺や観光スポットを廻るツアーがはやっているとか。

 

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鎌倉「お香」を売る店の前庭

 

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鎌倉のお寺のうっそうとした竹林

 

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鎌倉の遺跡を自主的に黙々と掃除するおじいさん

 

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たおやかな顔をした大船(神奈川県)の観音さま

 

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知覧の農家、今頃の季節には、秋の風物詩である柿の木に実が幾つか残っているのが散見され郷愁を誘う

 

さて忙しくも楽しい、そして有意義な訪日の後カナダに戻ったものの、まだ残りの翻訳本の仕上げという大きな仕事が待っている。クリスマスや年末年始の忙しさの中で、どのように仕事をこなして先に進もうかと頭を悩ませながら、徐々に日常生活の雑事に引き戻されている。

 

 

 

 

 

 

 

 


カナダ日系史「Gateway To Promise」翻訳チーム近況-8-

まず下の写真をご覧頂こう!

 

GTP

 

まだこれは仮の製本であるが、「Gatway To Promise」の『第三章 家族の物語(Private Space)』の翻訳本である。ここには全部で21の物語が紹介されているのだが、その内の「14」までを併せて仮製本を作ったのだ。

 

ここに来るまでには著者のスイッツアー夫妻と、更に、9月からもう一人コンピューターに滅法強い友人(AHさん)が加わって下さったため、4人で数回に渡り額を寄せあってpdfを作り仕上げたのである。

 

GTP

 

何事も後から分かれば「な〜んだ!そうよね!」と言うことになるのだが、、9月末に4人で第1回の会合を持つ直前に、著者夫妻が「日本語を入れ込む簡単な方法を見付けた!」と言うのである。

 

それまで私は、和訳した原稿のフォーマットをまず作り、そこに然るべき写真を入れ込んでいく作業をするものと思っていたのだ。

 

ところがである!!!

 

夫妻は「私たちが使った英語のフォーマットがすでにあるので、その英語の部分を空白にして和訳を入れ込めばいい!」と言うではないか!

 

「ああ、何故それに早くから気が付かなかったのか?!」と思ったが、これによって作業が飛躍的に縮小することになった。

 

と言うことで、粛々と作業を重ねた結果出来上がったのが写真の仮本である。

 

GTP

 

このブログを読んで下さっている読者の中で、もし文章に携わる仕事をしておられる方がいらっしゃれば、容易に理解して頂けるだろうが、文章と言うのは何度読み直して校正をしても、その都度気になる点が見付かるものである。

 

まだこれから何度校正作業を繰り返す必要があるか分からないが、とにかくプロジェクトがここまで進んだことを陰ながら応援して下さっている多くの方々ににご報告したい。

 

GTP

 

私は明後日訪日し、東京のカナダ大使館でプロジェクトについての報告をしたり、また日本からのカナダ移民の第一号(これには異論があるのだが)と言われる長崎県の「永野万蔵」の出身地、口之津という小さな田舎町を訪れる計画も立てている。

 

出版に向けての資金不足は変わらずにあるものの、いつものごとく「きっと何とかなるだろう・・・」と楽観視しながら歩みを進めている。

 

GTP

 

 

              〜*〜*〜*〜*〜*〜

 

                   GTP

 

                  10月初旬のブチャード・ガーデン

 

      GTP

       

                  下の8月の写真との違いが分かるだろうか

 

 

 

 

 


カナダ日系史「Gateway To Promise」翻訳チーム近況-7-

翻訳

変わらずに美しいブチャード・ガーデンの眺め(8月上旬)

 

何と今回は3か月のご無沙汰です。

 

この間にも当サイトをご覧頂いている方が多く、嬉しいことです。ただ「まだアップデイトされていない!」と思った方も多いかと思います。

とにかく夏は、公私に渡る行事が多く、落ち着いて仕事をする雰囲気に自分を押し込めるのが容易ではありませんでした。

 

と言っている内に9月を迎え、ここビクトリアではすでに「秋風」を感じるようになりました。まだ夏が終わったばかりなのに・・・と少々寂しい気がします。でも、過ぎ行く季節の名残りを惜しむ気持ちが私は嫌いではありません。

 

さて、言い訳にはなりますが、この時期の翻訳関係の仕事は遅々として進まなかったと告白しましょう。

前にも書きましたが、この400頁の英語本は三部にわかれています。最後のSection3は、移民した家族の個々の物語なのです。

 

私は、結局こうした生身の人間の息吹を感じられる、あるいは想像出来るヵ所に一番興味をそそられます。それ故に、この部分から校正を始めました。

 

そして9月初旬の今、この部分の校正は90%終わっています。終了次第、訳者間で共有するGoogle Docに載せて「final」とし、自由に閲覧出来るようになっています。

 

生きた人間の生きた証の物語は、何時の時代のものでも、またどんな話でも興味深いもので私は好きなのです。特に日本から移民としてこの未知の世界に足を踏み入れ、ゼロからのスタートをし、白人社会で偏見や差別と闘いながらも生きた先駆者たちの物語は、時には涙なしには読めません。

 

校正の合間にファシリテーターとして行たことは、日系関係の組織が出す助成金の申請と、それを頂いた後に書くお礼を兼ねた原稿書き、関係者への顔つなぎ等など、ソーシャルな繋がりも無視できないのです。今後どのような関係に発展するか分かりませんので丁寧な応対をする必要があります。

 

今までに助成金を頂いた団体は、当地の日系グループ VNCS(Victoria Nikkei Cultural Society)、カナダの日系人の全国組織 NAJC(National Association Japanese Canadian)、そして当地の日本からの戦後移住者たちの集まり VJFS(Victoria Japanese Friendship Society)の三か所で、合計2500ドルになります。

 

すでに訳者への本代と郵送料、一回目の会合の交通費、その他の必要経費に使った以外は、印刷代に廻ることになります。もちろん邦訳本がどの程度のページ数になるかによるのですが、最低100冊は刷りたいと切望しています。

 

今後も更なる寄付を仰いで、一冊でも多く出版したいと願っています。

 

翻訳

夏でなければ見られない花(8月上旬 ブチャード・ガーデンにて)

 

以下は助成金を頂いた組織へのお礼の原稿が載ったメルマガのアドレスです。

お時間のある時にお読み頂ければと思います。

 

* VNCSの7,8月号のニュースレター 

https://gallery.mailchimp.com/0fcb7e2b9134bc0c251f1f1a8/files/

July_August_2016_Newsletter_FINAL.pdf

 

* VJFS発行の さくら通信 第220号 (2016年8月31日発行)← このニュースレターは一般公開されていないため、登録しなければ購読は出来ないとのことです。

 

 

 

 

 

 

 



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