太宰治を追って青森から奥津軽への旅、そして北海道の函館へ

今回のブログは、10月25日〜31日までの1週間、青森から函館にかけて旅行したものを3回に分けて写真を一杯載せ旅行記としてまとめました。
最後までお楽しみ下さい。


11月5日(金)記

 

私は訪日の度に一人で旅に出るのをここ何年もの習慣にしています。

 

10年程前に、第一冊目の本(「カナダ生き生き老い暮らし」集英社)を上梓したことがきっかけで、あちらこちらから講演のご依頼を頂きました。

それが機になって一人旅の気儘さを味わって以来、「素敵な一人の時間」を心から楽しんでいます。

 

今回は、東北・函館の秋を追ってみたいとトロントを出発する前から計画をしていました。


ここを選んだのには幾つかの理由があったのですが、フリーランスの物書きになってから不定期にカナダについて書かせて頂いている「ゆきのまち通信」という素敵なタウン誌が青森にあるので、久し振りに「ご挨拶を!」と思ったことが第一の理由です。

青森

  
          青森
             出版している雑誌類の一部

そしてそこ迄脚を伸ばすのなら、昨年生誕
100周年を祝った“太宰治の津軽の足跡”をたどって見たいと思い付いたのです。

  

トロントには、世界から著名な作家を招いて開くAuthor’s Nightという地味ながら非常に興味深い催し物があります。

招待された作家が自分の作品をただ単に静かに読むという、それだけの事なのですが、それがとても素敵なのです。

もう大分前ですが、それに太宰治の娘さんである作家の津島裕子さんが招かれたため私はインタビューさせて頂いたことがあり、その静かな語り口が心に深く残っていたのです。

これが彼女の父親である太宰治の生家や津軽の足跡を追って見たいという思いにも繋がりました。

  

加えて3年程前に、日本政府が主催するJETプログラムで日本に行きたいというトロントの若者に日本語を教えたのですが、その彼が津軽地方の中泊という小さな小さな町に派遣されたのです。

 

青森
 

それが青森の津軽にあることを最近知りました。

彼はもう任期を終えて現在中近東辺りを旅行中ですが、赴任中によくメールをくれて「先生一度来て下さい!」と誘ってくれたのです。


残念ながら彼はもういませんが、カナダから行った若者が暮らした良くも悪くも西洋社会とは大変に異なる津軽という地方の町を垣間見たいと思いました。


そんなこんなの思いを抱えての旅でしたが、結果は期せずして「太宰治生誕
101年」をつぶさに追うことになりました。


初日の夜に編集長がまず連れて行って下さったのは、市内で本物の津軽三味線を聞かせるお店でした。
畳に座って食事をしながら聞く女性の津軽三味線、男性のじょんがら節の歌声はお腹にぐんと響きます。

青森

翌日も朝から編集長が、まず棟方志功記念館からの見学にご一緒して下さいました。

ここは作品の収集はそれほど多くはないものの、記念館自体も前庭もしっとりと雰囲気のある風情で、その佇まいが何とも心を落ち着かせてくれます。



青森

           青森

 
次に訪れたのは青森県立美術館です。

何といってもここにはジャガールの大作『アレコ』が3枚あること。加えて現代美術家 奈良美智の『あおもりの犬』を始め、寺山修司や棟方志功の作品が収められていることで有名なのです。

奈良美智の作品は、トロントの国際交流基金で展覧会をしたこともあり、またトロントの街の小物屋のお店にも、彼の絵柄(あのmeanな表情の女の子の顔)を印刷したTシャツやバッグなども売っていることから一層身近に感じられました。

青森

この後は、今年初めての雪が降る中、編集長が太宰治の生家のある金木という町に車を走らせて下さったのです。

青森
生家のすぐ傍にある芦野公園
不死鳥が輝く「太宰治文学碑」(阿部合成作)
 “選ばれてあることの
      恍惚と不安と
         二つわれにあり” と刻まれている

                青森
                 同公園の太宰治像(シルエット風に暗く撮影)
             向こうに13湖が見える(シジミが取れるので有名とか)

  青森
   公園近くの(旧)金木駅前のサイン
 
                青森
                  旧駅舎の「馬まん」販売ののサイン

そうです、馬饅頭が売られているのです。もちろん食べてみました。ちょっと黒っぽい肉で味は他の肉類とまったく変わりませんでした。

青森
 コトコトと走る津軽鉄道

                青森
                 冬には車内にダルマストーブが設置されます

青森

金木駅の近くにある太宰治が生まれた「斜陽館」は、宅地680坪、建坪394坪、部屋数19というとてつもなく大きな建物です

青森
                                
今は金木町が平成10年(1998年)に3億4000万円を掛けて復元修復工事をして「太宰治記念館」或いは「斜陽館」として一般に公開しています
                                                      青森

               青森

青森


ここ(金木駅)から青森に戻るには、五所川原(ごしょがわら)とう町まで津軽鉄道に乗って移動しました。(編集長には「斜陽館」の前で別れました)

今まで私は、「ねぶた」というのは青森市のみにあるお祭りかと思っていたのです。でもそれは間違いで、丁度いろいろな町にいろいろなお祭りがあって違った山車やお御輿があるのと同じで、それぞれの町にその町特有の「ねぶた」と「掛け声」があるのですね。

ここ五所川原では、独特の「立ねぷた」が見られ、その作成・保存のための館が町中にありました。
掛け声は「ヤッタマレ!、ヤッタマレ!」と言うのだそうで、お祭りではそう言いながら町中をねぷたが練り歩くのだそうです。

青森
大型の「立ねぷた」は20メートル!

青森
若い人たちがすでに来年のお祭りのために制作を始めています。2月ごろには下地のデザインが出来上がり、実際にワイヤーなどを組む作業に入るとのこと
  
              青森
                毎年違う形の立ねぷたを作成するのです


                      。。。。。。続く

11月7日(日)記

さて翌日は早朝5時に起きて、津軽半島の突端にある龍飛岬に行く計画を立てました。

今旅を終えてこれを書いていると、「そこに行くには・・・」と簡単に説明できますが、こうした実に鄙びた場所に一人で行くのは並大抵のものではありませんでした。
(つまり普通は自分の車で行くか、団体用の観光バスで廻るのです)

でも私はローカル鉄道、ローカルバスなどを乗り継いで行くわけですし、そうした乗り物は1日に何本かしか走っていないのです。
ですから一本逃したら、もう延々と次のバスや電車を待たなければなりません。

しかし日本の主要駅にある案内はきちんとしていて親切です。そうした案内所でしっかりと計画を立て今回もそこここを廻ったのですが、その「一本逃がす」を実体験したのが龍飛岬への旅でした。

朝5時に起きて青森駅を6時に出発する電車に乗る筈が、目の前でそれを逃がしました。ちょっとモタモタしている間に1、2秒の差で逃がし時の悔しさ!地団駄を踏みました!

青森駅から龍飛岬まで行くには:
青森駅(電車)→蟹田駅(電車)→三厩駅(ローカルバス)→龍飛岬という道順です。

ところがこの失敗によって、蟹田という駅で待ち時間が4時間半ほど出来てしまったのですが、でもこれが思わぬ発見へと繋がりました。

                竜飛

                           竜飛
太宰治が言った “蟹田は風の町だね” の碑が駅にある


この田舎町にも昔太宰治が訪れており(小説『津軽』に載っている)、そのために文学碑や残した言葉を刻んだ碑があったりで、一人散策しながら“潰すはずの時間”が足りないくらいでした。

早朝だったにもかかわらず、町にある「観覧山」という小高い山の近くまでタクシーで出かけ、まず頂上から町が一望できる素敵な景色を楽しみました。

蟹田

ここは太宰治が、親友N君と花見に出かけたことが小説『津軽』に書かれているため記念文学碑が建っています


蟹田

町中には秋の日を浴びて漬物用の大根干しがそこここで見られました
               竜飛
         
またこの町(この地域一体を外ヶ浜という)には、太宰治愛好家が作る「外ヶ浜太宰会」というのがあって、中央公民館には、ここにしかない彼の写真など門外不出の貴重なものが展示されていました。

蟹田

ここでは館長の記田桂子さんの暖かい歓迎を受け、次に行く龍飛岬にある龍飛館の福士伸也主査をご紹介頂いたのです。

蟹田駅まで車でお送りいただき、またしても、とてもとてもローカル風情のある三厩駅に着いたのは12時半ころでした。

こんな小さな駅には、持っていた旅行鞄を保管できるロッカーなどはないのですが、そこは親切な駅長さんの計らいで龍飛岬から戻るまで預かってくださいました。
               竜飛                 嬉しくなるほど鄙びた三厩駅舎 

          ここにも12月4日の東京ー新青森の新幹線開通の広告が


さてここから龍飛岬までは主に右側に津軽海峡を見ながら、ローカルバスで行くのです。おお、運転手の腕が確かなことを何度心の中で祈ったことでしょう!

まず到着早々、先ほど蟹田の中央公民館館長からご紹介頂いた龍飛岬観光案内所龍飛館の副士主査にお会いしました。ここは昔太宰治や棟方志功が泊まったゆかりの宿(奥谷旅館)だったのです。

竜飛
友人N君と太宰治が泊まった旧奥谷旅館
“今夜はこの本州の北端の宿で、一つ飲み明かそうじゃないか”

(小説『津軽』より)


今この旧宿の道路側はブロック塀になっていますが、昔はそこまで海が迫っていたとのこと。

いまでも時にマグロ漁が、すぐそこで見られるとのこと。それほど自然と共存している場所なのです。


            
                竜飛
                 太宰治文学碑の前で。飛ばされそうな強風


その後青函トンネル記念館に車で送っていただきましたが、この記念館は「どうしても行きたい」場所だったので、終始感動しながらの見学でした。

青函トンネルはいまだに世界最長(53.85メートル)で、英仏を結ぶドーバー海峡(49.2メートル)もここからの技術が多いに役立ったとのことです。

竜飛

見学中は終始「人間ってこんなことまで出来ちゃうんだ!」という思いが一杯で、本当に感動的な体験でした。
幾つものパネルやスピーカーからの説明でトンネル完成に至るまでの過程をつぶさに見られます。

時期的、又時間的なせいか見学者は私一人。それでもガイドさんがちゃんと付き海面140メートルの別世界を体験しました。

次はこの龍飛岬の一番高いところまで行っての見学です。
ここにはあの演歌歌手、石川さゆりの有名な歌「津軽海峡冬景色」の歌碑、日本で唯一の階段国道339号、龍飛岬灯台があります。

竜飛

                竜飛                     竜飛
日本で唯一の「階段国道」とか

帰りは、またこのローカルバスに乗って三厩→蟹田まで戻り、そこから青函トンネル線に乗り継いで北海道の函館に向かいました。


                    。。。。。。。。。。。。。続く


11月13日(土)記

さてこれからは北海道!
その玄関口の函館。北海道はおろか、函館も今まで一度も訪れたことのない場所でしたが、ここは私の生まれ故郷の横浜と通じる感のある「開かれた港町」という印象を持っていました。

その思いは3日間の滞在の間裏切られはしなかったのですが、横浜よりずっとコンパクトなため観光しやすく、横浜のように隣接の大都会・東京のざわめき等が流れ込まず、「北の街」という風情がそこかしこに感じられ旅情を誘います。

函館の旅

私は滞在する3日間をフルに使って、隅から隅まで廻りたいと計画しました。駅前の案内所には、他の何処の街でも見られるように、こちらの質問に的確に答えてくれる人員が揃っており、親切に相談にのってくれます。

まずこの駅前には、有名な「函館朝市」があります。迂闊にも私はここを田舎に見られるいわゆる「朝市」かと勘違いしていました。

つまり、新鮮な野菜などを近隣の農家の人たちが運び込んでの青空市場なのではないかと勝手に思っていたのですが、運び込まれるのは新鮮な海産物で、その規模の大きさにまず驚きました。


函館の旅

                函館の旅

また気軽に食べられるレストランや食堂風なもの、お土産物屋さんが所狭しと軒を並べています


函館の旅
日干しのスルメ


                函館の旅
                目前で炭焼きのホタテが焼かれ食べられる


函館の旅
エビ、うに、イクラ、たこ、イカなどなど・・・・
加えて函館ラーメンも・・・・

この街を効率よく廻るために私は函館駅前を中心に幾つかに分けて見て廻りました。

駅から見て:
\沼Δ砲覆覦杞饐霆鎔遒譴觚議を中心にした地域:
カトリック元町教会、ハリストス正教会(ロシア正教)、聖ヨハネス教会、東本願寺函館別院、旧イギリス領事館、旧函館区公会堂、少し街から離れるのですが、外国人墓地、
函館旅行
カトリック元町教会

                函館旅行
                      ハリストス正教会

函館旅行
聖ヨハネ教会
宗派の違う教会が小さな区画に集まっている不思議
                                     函館の旅
旧函館区公会堂
昔の異国情緒を味わうためにこんな衣装を借りて写真を撮ることも可能

                函館の旅
                同じ建物内には大正天皇が行幸された際に
                使われたトイレも公開されている。
                  
眞にビロウな話しながら、用が済むと検査するためトイレは特別な仕組みになっていたとか・・・・。
「ああ、平民で良かった!」と思いスナップを一枚!(爆笑)

函館の旅
建物の中には当時の部屋が見学できるようになっている

          函館は小さくて可愛らしいブロンズ像の実に多い街である
 

 

                函館の旅

 函館の旅

                      函館の旅

外国人墓地 
(ここにはペルーと共に来日した乗り組員2人が亡くなり葬られている)
               函館の旅
                         外国人墓地

函館の旅
   同じ地域に中国人の墓地もある
                                                                
              函館の旅                   在日ロシア人墓地

函館駅から見て西南方面

  函館は石川啄木と深く係わりのある街なのです。
            
               函館の旅

函館の旅
立待岬の途中の啄木の墓                            
                
                函館の旅
                      墓碑に刻まれている歌

函館の旅
  お墓からの一望の景色


                      函館の旅
                       墓碑から更に進むと立待岬に出る
        魚が沖に来るのを立って待ったことから付いた名前とのこと

函館の旅
 イカが名物なだけあって公園の柵にも

Hヾ霸悗ら南東方面
函館の旅   
トラピスチヌ修道院の入り口のミカエラ像(男性のみのトラピスト修道院は更に離れた場所にある)


フランスのノルマンディー地方にあるモン・サン・ミッシェルで見たと同じ聖人像をここで見たことに感激した。これは私の母の洗礼名で、母の墓碑には同じ名前が刻まれている

                函館の旅
                 静寂に包まれた庭

                 限られたエリアのみ見学が可能

                  


修道院と同じ方角に今TVで人気絶頂の坂本龍馬の五稜郭がある
函館の旅
                        
                函館の旅
                   跡地の中の紅葉は真っ盛り

とヾ曚僕茲得こ三代夜景を見逃す分けには行かない
函館の旅
訪れた時は年一回のロープウェーの点検のため2週間の休業
しかし運良く函館滞在最後の夜に再開し頂上に登ることが出来た

               函館の旅
               本物は「すごい!」の一言

函館の旅
NHKでやっているシリーズもので「セカンド・バージン」という長編ドラマが今大人気。それにこのスーパー北斗という乗り物が出てくるとかで、ちょっとした話題に・・・。

函館から東京(横浜)までは、函館→八戸(東北新幹線)→東京と7時間余り。
沢山の思い出を残し、私の青森・函館の旅は終わりました。

              



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