能(金春流)の公演会

トロントからBC州ヴィクトリアに国内移住して一番ミスすることの一つは、日本からの文化的催し物を見る機会が少ないことである。

トロントでは、例えば国際交流基金や日系文化会館などで開催される各種の催し物は、驚く程バラエティーに富んでおり大いに楽しめる。

もちろん日本に行けば見ることが出来るものも多いが、特に国際交流基金は、カナダ人に日本文化を紹介すのが目的のため、コンパクトにまとめた興味深い各種の催し物が常に用意されている。

絵画、陶器、歌舞伎、映画関連の集いなど、それぞれに手際よく作品を展示し、その期間に関係者を招待してのレクチャーなどを頻繁に行なっている。

だがそうした催し物をここヴィクトリアに期待するのは無理なことで、また果たして日本文化に興味あるヴィクトリア人のどれほどが会場に足を運ぶかは疑問である。

当然ながら当地でも、ローカルのカナダ人たちが催すオペラ、バレー、ジャズのコンサートもあるし、演劇も映画も常にやっている。

中にはきらっと光る歌手、演奏家、役者、作品もある。だがトロントで一流のを見慣れた目にはちょっと物足りないと感じることも少なくない。

そんな中、2月27日に日本から金春流の能の一団が来て、「Continuity&Connection(繋ぐ 〜多次元を〜)」と題する公演が行われた。


Noh

演目は、「翁」「高砂」「盤渉楽(ばんしきがく)」「羽衣」、そして「絆」であった。
演目はどれも謡と共に太鼓、笛、鼓が演奏され、物語も日本人としてはよく知っているものだ。

だが最後の「絆」では、「羽衣」の後半にジャズピアニスト木原健太郎(
http://kentarokihara.net/)の演奏する曲が加わり、謡、雅楽器と共に舞う天女の踊りがとても幻想的であった。

初めて見る洋楽器とのコラボレーションは、音楽の世界の可能性を十分に知ることが出来、
見ているものを実に不思議な世界にいざなってくれた。


Noh

見事に舞い終わり、演奏し終わった後の挨拶
Noh

スタンディング・オベーションの拍手を後に
Noh

岡田誠司ヴァンクヴァー総領事(右)も出席して歓談
Noh

1400年の歴史を持つ能楽最古の流派金春流を率いる山井綱雄氏とご夫人
Noh




 

ヴィクトリア市で繰り広げられた中国人の春節

すでに中国人のお正月は一昨日終了したが、先週の日曜日に行なわれた中華街での催し物の様子を掲載しよう。

ここヴィクトリア市内でも、エスニックの人口で一番多いのは中国系の人々である。人口比を見ると、日本人の0.6%に比べ、彼らは3.8%という。

しかし、それにしては中華街は小さく、何と1ブロックしかないのが不思議だ。そしてここにはいわゆる東洋系の食料品を売る店がたった3件しかないのである。

至る所にあるトロントのチャイナタウンを知っている身には、最初その規模の小ささに驚いたものだ。




しかし小さければそれなりにこじんまりとまとまるし、身動きできない程の人でもないことに、返って新鮮さを感じた。

この2枚の写真(↓↑)は、中華街の入り口の遠景だが、今年は飛びぬけての暖冬のお陰で、すでに入り口近くにある白いマグノリア(木蓮)が半開きの花をつけていた。




街並みはたった1ブロックながら、ドラゴンダンス、獅子舞、子供たちの民族ダンス(↓)など、一生懸命に新年の祝賀を盛り立てようとする熱気がみなぎっていた。

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CHINESE

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どの店も、店頭にサラダ菜を紐につけて吊るし、獅子がそれにかぶりつくのが人寄せのイベント。獅子舞が始まる前に急ぎ吊るす人も見受けられた。(↓)

獅子がサラダ菜を上手くかじると、商売が一年繁盛するのだそうだ。




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サラダ菜以外にも、$20札のお札を巻いて吊るすお店もある

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鐘や太鼓をジャンジャン打ち鳴らし、獅子舞を応援し景気付けをする。

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獅子も疲れて一休み・・・

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「あ〜、楽じゃない!」獅子の縫いぐるみ中でダンスをする人は大汗をかいていた。

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チャイナタウンの一角にある龍の彫り物の後ろには、真っ盛りの花をつけた桃の木が見える

今や桃の木の花は町中至る所にみられるのだが、それに慣れた目にも「ウッ、これはちょっと違うぞ!」と感じた2本の大木。
やはり桜の木で、たわわな花がこぼれんばかりに咲き誇っていた。

カナダ人は「どうやって見分けるの?」と聞くけれど、花びらを見れば一目瞭然。「花びらの真ん中にスリットがあるでしょ」と説明。

それにしても見事!!!


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(↑)ヴィクトリアのダウンタウンには、一昨年ノーベル文学賞を取った女流作家Alice Munro氏の別れた夫が営む本屋がある。
この大木はその丁度真向かいに堂々と立っている。


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「桜は3月になってからよ」と云われていたため、これは予期せぬ驚きだった。


 

BC州・ヴィクトリア市周辺の春の兆し(2)


梅の木の並木道

去年の今頃はトロントの氷と雪の極寒、-20℃(こんな時の体感温度は−27、−28℃等になったりする)などというのも珍しくない日々を過ごしていたが、今年はヴィクトリア市に国内移住して、冬の暖かさに日々驚愕している。

沢山いるトロントの友人たちに、春の兆しを告げる様々な花の写真を送り続けているが、度が過ぎればこれは嫌味。

何故なら今年も今の時期、彼らは同じように−20℃の日々をを送っているのだから・・・。

と言うわけで、我がblogに載せて沢山の方に目の保養をして頂くことにする。

ここの梅は、日本のとはちょっと種類が違う(土地の人はJapanese Ornamental Plumと呼ぶ)のだが、何とも見事な「梅並木」が街のそこここに見られる。

何の説明も要らない。

ただその見事さを眺め、そして時に、肌に心地よい海風が吹けば、天に舞う花びらを目で追う。

余りの可憐さに思わず手に取れば、ピンクの花びらが何とも愛おしく感じられる。





Ume St.

Ume St.



濃いピンクの梅も見事だが、こうして薄ピンクのを眺めるとまた違った風情で、桜を彷彿とさせる。

当地の桜は3月上旬に開花するとのことだが、いまから待ち遠しい。





 

BC州・ヴィクトリア市周辺の春の兆し(1)

カナダの西海岸に位置するヴィクトリア島は、国内で一番暖かい地域
なのです。


1月末には素晴らしいピンクの花をつけた寒椿が咲き始め、レンギョ、
雪柳、ボケ、水仙、クロッカス、ベビー水仙、クリスマス・ローズ
などなど、春がもうそこまで来ていることを知らせる花が次々と咲き始めます。

そして2月初旬からはピンクの梅の蕾がパッと開き、通りによっては
両側に見事な梅並木が突如現れます。

「息を呑む美しさ」とは、こんな情景のためにある言葉なのでしょうか。




Plum

Plum

Plum

flower

flower






以下の3枚の写真は、拙宅のすぐ近くにある家の前庭です。
まだお住まいの方にお会いするチャンスはないのですが、私は
密かに「日本人か日系人の方だろう」と確信しています。




ちょっと控え目で落ち着いたたたずまいの造りは、何度見ても飽きず
出かけると少し遠回りしてもこの家の前を通ります。

その度に何か心が洗われるようで、私は一人静かにたたずみ、その
雰囲気を楽しんでいます。


flower

flower











 

カナダ・BC州・ヴィクトリア市の元旦


       20日も遅い謹賀新年
  2015年も当サイトをお楽しみ下さい

New years Day
ヴィクトリアの元旦の日の出。
お天気に恵まれ暖かくそれは素敵な一日でした。


New years Day
この穏やかな陽気に誘われて沢山のヨットやカヤックが沖に出て
いましたが、元旦のパーティーの接待に気を取られているうち
に夕方。

ここに写る最後のヨットが姿を消したのは5時近くでした

当地の日没は早く、雨の日などは4時半ごろには
暗くなります。

まだヴィクトリアに移住して8ヶ月。
初めての春を心待ちにしていますが、人によって
は桜は2月末には咲くとか言います。

いまからその日が待ち遠しいです。






 

友人の7年目の命日−Victoria 市にて



yumi san
   トロント エッセークラブ季刊文集『華やぎ』 
        2014年 秋号



今朝私は、数え切れないほどのカモメの大群が、大空を
舞いながら鳴く奇妙な声で目が覚めた。


ゆみさん

急いで居間から外を見ると、驚くほど鉛色に曇った海と
空が目の前に広がっており、天の一角に僅かばかりに陽

ぼ光が見え、これから始まる一日の光明を多少ながら
見せてくれていた。


今日はシェマーゆみさんが亡くなって丸7年目になる。

私はヴィクトリアに国内移住を決めてからこの方、最初の
年の、この日には、必ず彼女の「その場所」を訪れ、一輪
の花を手向けたいと思っていた。


移住以来、当地の多くの日本人移住者とコンタクトを取っ
たが、詳細の情報を得るのは決して易しいものではな
かった。
知ってか知らずか「さあ、分かりませんね・・・」と言う
のが大方の人から得る答えだったのだ。

それでもツテを頼ってコンタクトをし、やっと詳細が分
かったのは命日の
3日前であった。

トロントのような大都会と違い、ヴィクトリアは小さな
街である。全く予想だにしなかったものの、私はすでに
その近くに用事で何度か行ったことがある。

だが今日改めて出かけてみると「ここだったのか!」
という、言葉に尽くせない複雑な思いに駆られ胸が
締め付けられるようだった。



Yumi san

ダウンタウンにある市営駐車場の7階。料金所に働いてい
た女性は、当時すでにここで仕事をしていたとのことで
「覚えているわ・・・」と静かに話し出し私の手を握って
くれた。




その7階まで私は一人で昇り、ゆみさんが最後に見たで
あろう景色を深い溜息と共に
360度眺めた。


Yumi san

yumi

そして地上の「その場所」に降りの植え込みの根元に
一輪の薔薇の花をそっと置いた。


Yumi san

無事に土に還れと祈りつつ・・・。

ふと脇を見ると、見事なほど真っ赤に紅葉した落ち葉が
たった一枚輝いていて、私は「
ゆみさんの変身・・・?!」
と思わず手を伸ばして拾った。


Yumi san

手帳にそっと挟んで持ち帰ったのだが、数日後、静かな
凪ぎの日を見計らって近くの海に流した。


ゆみさん

無事に海に還れと祈りつつ・・・。





 

花一杯の街 - カナダ・BC州の州都 Victoria

青森の街で発行されているタウン誌 
                  「ゆきのまち通信」2014年9-10月号に寄稿





2010年冬季五輪が開催されたヴァンクヴァーは日本人には馴染みの街。人口もBC州の中で最も多く活気があるためここを州都と思う人は少なくない。
だが実は、海峡を挟んだバンクーバー島のビクトリア市が州政治の中心なのだ。




ガーデンシティ(庭園都市)と呼ばれるだけあって、特に夏場は街中に花が溢れ美しい。



5月初旬には1500個ほどのフラワーバスケットが市内の園芸場にあるグリーンハウスで用意され、時期を待って戸外に出される。



天候も安定し花々が無理なく育つ6月初旬に、初めて街灯などあらゆる場所に掛けられるのだが、ゼラニューム、ペチュニアなど約10種類ほどが青空のもと競うように咲く。



ビクトリアの夏は雨量が少ない乾季のため、市は毎日水補給をし、湿度、PH、塩分の割合まで最高の状態が保たれるように配慮する。観光地図片手のツーリストと花盛りの街はヴィクトリアの夏の風物詩だ。



州都とは言え、島には飛行機かフェリーでなければ行けないが、島民は本土との間に橋を掛け島の雰囲気を壊す気は毛頭ない。

また日本の盛岡市とは、当時国際連盟事務次官だった新渡戸稲造博士(18621933)が、国際会議の帰途にヴィクトリアで客死したことが縁で1985年に姉妹都市として提携を結び交流が続けられている。



ヴィクトリアの街の南端にあるDallas Rdは海岸に沿って公園が続く
その一角にある新渡戸稲造博士の記念碑



1985年5月23日に姉妹都市になったのを記念して建てられた


博士の残した有名な言葉
「願わくは われ 太平洋の橋 とならん」が刻まれている




 

ヴィクトリア- お盆の行事

お盆週間が終った日本は正常なジュールに戻り、また忙しい日々が戻ったことだろう。

ここヴィクトリアでも日本人移住者・日系人・カナダ人が8月10日(日)に集まり小さなイベントが行なわれた。
ダウンタウンの一等地で風光明媚な海辺沿いにあるRoss Bay Cemeteryと呼ばれる墓地がその場所だ。

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おぼん

墓地は信じられないほど広大(3万4千坪)で、ここには宗教を問わず死者を葬る墓石が並んでいる。

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その一角には明治時代に日本から渡って来た移民たちが眠るお墓もある。

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1909年の台風で墓地の多くが波にさらわれたとのことだが、1999年には日系人の子孫たちを中心に152人の新たな墓石を建立した。

毎夏お盆の行事が始まる前には皆が協力してお墓を掃除して清める。

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またその一角には1999年8月に立てられた立派な慰霊碑もある。





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記念慰霊碑の前に人々が集まり、スティーブンストンから招いた僧侶(Rev. Grant Ikuta)が講和を行い、日英両語の読経が青空の下に響き渡った。

おぼん

読経が続くなか参列者は次々とお焼香をする。

おぼん

おぼん


一連の行事の後には、墓地の向かいにあるRoss Bay Villaと呼ばれる集会所の前庭でリフレッシュメントが用意され、盆踊り、太鼓、三味線、日本民謡などが披露された。

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日なたに出るとちょっと暑さ(22℃くらい)を感じるが、木陰は海からのそよ風がサワサワと通り抜け、それは居心地のいい午後のひと時だった。

この行事は毎年Victoria Nikkei Cultural Society と Victoria Japanese Friendship Society が取り仕切っているという。
 

広島・長崎に思いを馳せて

毎年8月6日には広島、8月9日には長崎の原爆投下記念日を迎える。

今年広島で行なわれた記念行事は雨に見舞われたとのことだが、日本だけに限らず世界の色々な街でこの日に人々が集い、被災地・被災者に思いを寄せる。

カナダの場合、トロント市で行なわれる記念行事に私は何度か参加したが、今年はBC 州のヴィクトリア市に国内移住したことでここでの行事に初参加した。

日本人、日系人、カナダ人を迎え69年目の記念行事は、ヴィクトリア市内から少し離れたEsquimalt Gorge Park と呼ばれる公園で「Hiroshima - Nagasaki -  Remembered」と題した行事が執り行われた。

以下はその時の写真である。

広島長崎セレモニー
100人近い人の集まり

広島長崎セレモニー
紙芝居風のパペット・ショウも行事の一部

広島長崎セレモニー
日本人の大学生が平和宣言を行なう


ボランティアのフルート奏者


手作りの灯篭が公園の中の湖に流された


しばらくするボートに乗ったイベント関係者(右側に見える)
が、湖を汚さないために灯篭を一つ一つすくい上げて始末する



ふと見上げるとお月様が皓々と輝いていた。
この思い広島と長崎に届け!





 

TorontoからVictoriaへの国内移住記 −4−

Day 10  5月23日(金)

Washington州Seattle付近は、雨の多いことで知られている。
そのためか春の花々は色も濃くまさに春爛漫であった。








アメリカでの最後の夜を過ごした街Seattleの北にあるリゾート地Anacortesを発ち、移住先のBC州Victoria(波止場はSidney)への車による移動の最後の日の朝も予想通り雨であった。

土砂降りとまではいかないまでも、かなりの雨量で名だたる場所に相応しかった。
8:30am出発のフェリーに乗るには1時間前にくること、となっているため、7時半ごろに到着したのだがすでに長い車の列。



それでも次々に車共々乗船し、8時40分には出航することが出来た。

途中でFriday Harborと言う島に停まり、下船する車、乗船する車を裁き、Sidneyには予定より少し遅れて11時半頃に到着した。
Sidneyはすっきりとした青空の見える快晴で、カナダの地に戻ったことが事のほか嬉しく感じられた。



途中あちらこちらを観光で寄り道はしたものの、10日にわたる長旅の合計走行数は5200kmほどであった。

今回の旅を反芻し、消化し直すには正直まだかなりの時間が必要なようだ。
だがこの移動で一番大変だったのは、車で大陸横断した体力的な消耗はもとよりながら、出発までに済ませなければならなかった引越しの準備で、心身ともに力を使い果した直後の旅行だったことだ。

しかし、私にはこの大陸がとてつもなく広いことを知ったのみに留まらず、​新たな人生の幕開けとするために、このトランジッションが何よりも必要だった。
それだけは間違いがない。

車による長旅で一番気を付けなければならない事の一つは「食べ過ぎないこと」だ。
もっとも日本のように行く先々で名物があるというお国柄ではないのだが、それでも食事の量には気を使わなければならない。何もせずにただ車に乗っているのは、神経はつかっても体力は使わない。食べ過ぎたら必ず胃がもたれてくる。

いまや「日本食」が世界の食べ物であることは広く知られているが、日本人が思う「日本食」と外国で広まった「日本食」とには大きな隔たりがる。

しかし何を持って「日本食」とするかは、来る客の好みで決まるのが外国での「日本食」である。
今回の旅でも、「こんな田舎町に!?」と思う所にも「東京寿司レストラン」「わさびレストラン」「ジャパニーズ寿司レストラン」と銘打ってお店を構えているのを何回も目にした。

シェフは東洋系の人以外にはメキシコ人が多かったが、中には「倶梨伽羅悶々」と言いたいような何とも派手な刺青をした若い白人のお兄さんが、店のガラス窓の向こうで寿司を作っていたりする。
興味半分でAnacortesのレストランに入ったが、出てきたものは下の写真のようなもの。トロントにもこの手の寿司を供するところがあるのは知っている。

だが寿司メシが温かく、何とも不思議な感じがするのはこちらが慣れていないからだろうか。
聞けば、ハワイの寿司職人に習ったとか。店は次から次へと来るお客でもうもう超満員であった。










TorontoからVictoriaへの移住記の最後は、食べ物の話で締めくくることにした。

では皆さまお元気で!

                                                               


 


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