プロフィール
サンダース宮松敬子
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1943年に横浜で生まれ、横浜で育った生粋の浜っ子。文筆家。

24歳で渡米し、NYのフラワーデザイン・スクールに入学。資格取得後、NYやWashington DCなどでフラワーデザイナーとして3年半働いた後、日本に帰国。まだ西洋式の「フラワー・アレンジメント」と呼ばれるものが珍しい時代だったが、ホテルや結婚式場と契約して作品を制作する一方、横浜の英語学校で英会話を教える。

同校でカナダ人夫婦との知己を得て、彼等と共に独立して英語を教える仕事をする。この2人の影響でそれまで未知だった「カナダ」という国に魅せられる。'73年に渡加(トロント市)して、フラワーデザイナーとしての技術を生かして仕事を続ける。

'76年にパーフォーミングアートの舞台関係の仕事をするカナダ人の夫と結婚し、2児を得て短期間子育てに専念。
'84年から日本経済新聞トロント支局に勤務。'94年に日本のバブル崩壊の影響で支局が閉鎖されたのを機にフリーランスになる。以後、カナダという国の社会問題、女性問題などを中心にこの国の有り様を探り、カナダ、アメリカ、日本の新聞、雑誌に寄稿を開始し今に至る。

文章を書くことは元々好きだったが、この新聞社での10年の経験は掛け替えのないもので、「その後の私」が生まれる土壌を作った。次々に支局長として赴任する個性豊かな記者たちから学ぶものは多かった。

現在は子育てを終え、夫婦2人の生活だが、お互いに“縛らず縛られず”をモットーに仕事と好きな事を半々にやっている。今後2人の人生をどのような方向に舵取りしていくかは未知数だが、それだけに楽しみでもある。

処女作は、'77年に67歳で人生を180度転換し、トロントに住む娘である私の許に移り住んだ実母のカナダ生活を書いた「カナダ生き生き老い暮らし」(2000年・集英社)。

80年代半ば、シニアの新たな生き方として海外移住という選択をする人々が増えたが、その先駆けとなった母のカナダ生活の物語は大変に好評を博し、'05年には文庫本にもなった。

その後、カナダのゲイ公民権運動の流れを追いつつ、'05年夏に世界で4番目に同性婚が立法化するまでをまとめた「カナダのセクシュアル・マイノリティーたち 〜人権を求めつづけて〜」('05年・教育史料出版会)を出版した。

地道に行なった調査、インタビューを元に執筆したが、未知の世界を知ることで自分自身が一番目を開かされたと思っている。

また'10年には、カナダに住むエスニックの中で一番Cross-Cultural Union(国際結婚)率の高い日本人移住者に焦点をあて、アンケート調査によって集めた日本人・カナダ人200人余りからの生の声を「日本人の国際結婚 〜カナダからの報告〜」('10年・彩流社)にまとめて上梓した。

カナダにおける日本人の国際結婚を軸にしてはいるが、それに絡めて広範囲に渡ってカナダ・カナダ人、日本・日本人をあらゆる方面から検証し、ソフトな面から両国を見る一冊にしたつもりである。


〜*〜*〜*〜


後日(2015年1月)記:

時は流れ、2014年の5月末には長期間の熟慮の末、夫の出身地であるカナダの西海岸に国内移住した。

場所はブリティッシュ・コロンビア州のヴィクトリア市であるが、ここは別名「ガーデン・シティ」と呼ばれるだけあって、季節ごとの花の鑑賞にこと欠かない。

冬場は雨期のため雨は多いものの、太陽が出れば芝生の緑が何とも目に鮮やかで、クリスマスローズなどが庭先に咲き乱れている家も散見される。

2014年の某旅行関係の雑誌では、「北半球で最もフレンドリーな街」に挙げられたが、大都会の特徴である他人には我関せずの街トロントから見ると、その違いには驚くばかり!

今後この街で新たな生活を開始し、どの様に活躍の場を広げていけるかは全く未知なだけに、返って心躍る日々である。

なお、トロントからヴィクトリアへの国内移住体験記は、当サイトの「寄稿文」欄をご覧頂きたいと思う。




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